トークンプラットフォームとしてのLiquidサイドチェーンの特徴と適したユースケース
長い開発期間の後、ついに先日Blockstream社が開発していたFederated sidechain(サイドチェーン)プロダクト「Liquid」がメインネットで稼働を始めました。
Liquidは元々取引所間の資金の移動をより円滑にしてトレード体験の向上をさせることなどがメインの狙いとして期待されていましたが、ふたを開けてみるとむしろ重要なのは取引所内での使用というよりは、取引所の外でもオープンプラットフォームとして使えることかもしれない、ということなどが少しづつ明らかになってきています。
その中でも特にLiquid上でトークンを発行する機能はまだあまり注目されていない気がしますが、今後Liquidがトークン発行プラットフォームの一つとして重要なポジションを握る可能性もあるので、現状のトークンプラットフォームの課題なども含めて少し考えてみます。
ちなみにLiquidの全体像、オーバービューなどはビットコイン研究所のレポートで大石さんがかなり上手くまとめてくれているので、興味のある人はそちらを是非読んでください。こちらのブログ記事では一部かぶる部分もありますが、特にLiquidとトークン発行に限定して考えます。
(せっかくなので研究所のレポートで図解で使ったものを一部掲載)
Ethereum上のトークンの現状と課題
さて、Liquid上のトークンの話をする前に今のトークン周りの現状を少し振り返ってみます。
元々ブロックチェーンを利用したトークン発行はビットコインブロックチェーン上で始まり、Colored Coin、Omni、Counterpartyなどで先に実験が進みました。ただし16年~17年にかけて特にビットコインブロックチェーン上の手数料高騰もあり、トークンプラットフォームの中心はイーサリアムに移行し、今に至ります。現在存在するトークン発行の大部分はEthereum上のもので、17年のICOブームの基盤となったERC-20や、Cryptokittiesで確立されたERC-721のNon-fungible tokenが特によく使われるトークンスタンダートです。
Ethereum上のトークンに関してはすでに知っている人が多いので細かい説明はしませんが、ビットコインのブロックチェーン上のColored Coinなどと比べてEthereum上のトークンは、
- トークンをカスタマイズして必要な機能や制限を加えることが出来る柔軟性(最重要)
- 対応ウォレットや外部関連ツール、Ethereum上の別のDappsなどが多く存在し、トークンの為のインフラが整っている
- (少なくとも当初は)ビットコイン上のトークンと比較して送金手数料が安かった
などの要因が大きかったです。
他にもWaves、Stellar、NEMなどトークンを発行できて比較的実用的なプラットフォームは複数あるのですが、手数料がより安くても、より使いやすくてもあまり利用が広がっていないところを見ると、スマートコントラクトによる拡張性、またEthereum自体のプラットフォームとしての求心力の強さなどはやはり大きかったと思います。
ただし、同時にEthereum上のトークン発行では現在以下のような問題が認識され始めています。
- 手数料の高騰
これは特に説明する必要もないですし、使っている人なら気付いているとは思いますが、Ethereum上のトークンの送金手数料が以前に比べて高騰しています。(が、Bitinfochartsで平均tx feeをちらっと見たら、今は平均で10円程度なので別段高くはないようですが) - スピード
Etheruemのブロック承認時間は10~15秒くらいと必ずしも暗号通貨の中では遅い方ではないですが、これはよりリアルタイムに近い承認を必要とするゲームや高速トレードなどのユースケースを考えると遅い、と特にスピードを売りにする新型ブロックチェーンのEOSなどに指摘されています。 - スケーラビリティー
手数料と表裏一体なのですが、トークン発行からのICOなどEthereum上のトランザクション数が増えて手数料が高騰すると同時に、いわゆる「詰まり」現象が起きて中々トランザクションが認識されなかったり、ノードのメンテナンスにかかるコストも肥大化しています。 - 安全性
Ethereum上のトークンの強みは柔軟性や拡張性なのですが、同時にそれは予期しないバグが混入し、トークンが動かせなくなったり、トークンを勝手に追加発行されたり、などのリスクも招きます。実際過去にそういうインシデントは何回かあり、今後さらにトークンに付与する条件が複雑化するほど同様の事件は出てくると思います。
Liquid上のトークンの特徴
さて、話をLiquidに戻します。
Liquidはメインチェーン上のビットコインと1対1で裏付け(ペッグ)をされたL-BTCをサイドチェーン上で発行し、通常のビットコインより高速により匿名性が高い送金を可能にする技術です。ただし、同時に独立したオープンなブロックチェーンとして、独自トークンを発行するプラットフォームとも捉えられます。
細かい話はここでは省略しますが、Liquid上のトークンには主に以下のような特徴、強みがあります。
- 匿名性
L-BTC(Liquid上のビットコイン)の大きな強みの一つがConfidential transactionsという技術を利用した匿名性の高い送金なのですが、これはLiquid上のトークンにも応用可能で、Liquid上の匿名送金が可能なトークンは「Confidential Assets」と呼ばれます。これにより送金されたトークンの金額やアセットの種類が秘匿され、トークン送金時のプライバシーが大きく改善されます。
例えば、トークン化された証券を保有していたとして、自分が○○の株式をいくら保有していて、いつどれだけ取引所に移動したりしているか、などの情報を外部に漏れてしまうとしたらトークン化の実利用の大きな問題になりえますよね。その点でも匿名性というのはビットコインやEtherなどの通貨型のコインだけでなく、トークンにとっても非常に重要な機能です。
匿名性の高い独自トークンの送金が可能というのが、おそらくトークンプラットフォームとしてのLiquidの最も重要なポイントになると思います。 - 低コスト
Liquidのウリは必ずしも低手数料などのコスト面ではないですが、おそらくしばらくはLiquid上のトークンの送金手数料は1円以下、利用が増えてもせいぜい数円レベルと比較的安価になると想定されます。
数円というのはトークンのユースケースによっては高く感じるかもしれないですが、Liquidは取引所連合が管理するサイドチェーンなので、必要であればブロックサイズの拡張による手数料の引き下げなども将来的にはそこまで難しくないと思います。 - 安定性
Liquidはビットコインのコードベースを基に作られており、少なくともその他のアルトコインと比べれば比較的安定、安全であると言えます。Ethereum上のトークンは柔軟性や拡張可能性が強みと言いましたが、同時にこれはトークンのコードにバグが入り予想外の資金喪失や凍結なども起こりうるわけで、安定性と柔軟性はちょっとしたトレードオフの関係にあると言えるかもしれません。 - アトミックスワップ機能(分散取引)
そしてLiquid上のトークンのもう一つの重要な機能として、トークンとLBTC間のアトミックスワップ、要はトークンとビットコイン、もしくはトークン間の第三者を信頼しない形での分散取引が出来る機能がついているということです。これによりLiquid上で発行されたトークンは需要さえあれば市場ですぐに取引が可能になります(遵法の話などは無視しますが)
Liquid上のトークンに適したユースケースは何か?
Liquid上のトークンでやはり一番特徴的なのは匿名性の高い送金(Confidential transactions)が出来る、ということになりますが、この特徴が上手く発揮されるのは「通貨性の高いトークン」、今のところStablecoin等ではないかと自分は考えています。
すでに多くのStablecoinが存在しますが、なんだかんだ一番使われているのはTetherというOmni上のトークンです。それからもわかるように、案外Stablecoinには多機能は要求されず、特にトレーダーのツールの一つ、分散取引のトレードペアとして、もしくは店舗での利用などを想定されているのであれば、Liquidの特徴である匿名性、手数料が低いこと、安定性、がむしろ重要という見方も出来ると思います。
Stablecoinは今のところEthereum上で発行されることが多いですが、ERC-20などEthereumのトークンは一つのアドレスを使い回しするので、プライバシーが非常に低いという欠点があります。Collectiblesなどトークンのユースケースによっては匿名性はあまり重要ではない場合もありますが、Stablecoinにとって匿名性はかなり重要な性質の一つでしょう。
Tetherに話を戻して考えると、TetherはLiquidネットワークにも参加しているBitfinexが実質発行しているStablecoinなので、もしかしたらTetherをLiquid上のトークンとして発行する、という展開も場合によってはありえるかもしれません。
もう一つLiquidトークンのユースケースとして考えらえるのは、シンプルなセキュリティートークンの発行、というのもあり得るかもしれません。LiquidトークンはEthereum上のトークンと比べると特別なカスタム機能付加などが難しいですが、同時にシンプルな配当機能だけが必要なセキュリティートークンなどを発行する場合は、拡張性より安定性が重視される場合もあるかもしれません。
Liquidの課題は?
Liquidの課題は、一言でいえばまだ関連ツールも乏しいですし、まだ何も実証されていないことでしょう。理論上は上述の特徴や強みがあるという話をしましたが、実際に利用が広がるかどうかは、どれくらい開発者や起業家などを巻き込めるかなどにもかかっており、ここらへんはまだまだイーサリアムに分があると思います。
また、限りなくオープン化しようとはしているものの最終的なトランザクション承認者は取引所連合であり完全なトラストレスではないのもネックの一つでしょう。検閲の可能性など、ここら辺が忌避されると、取引所エコシステム外でのLiquidトークンプラットフォームとしての利用は期待する程広がらないかもしれません。
仮に匿名性の高い送金を活用したStablecoinやその他の応用が出てきた時に、国家や規制者から何かしらのプレッシャーをかけられ検閲されたり、トークンの利用を禁止されたりする可能性もありえるな、とは思いました。ここら辺がトラストレスではない仕組みの常にボトルネックに当たる部分になります。
まあとは言え、管理主体がいるトークンの場合、Ethereumのようなパブリックブロックチェーンを使おうが、LiquidのようなトラストレスではないFederated sidechainを使おうが現実的には潰せてしまうという点ではあまり差はないという反論もできますが。
他にもLiquidのブロック承認時間は1分で、これはEtheruemやそれよりさらに早いブロック承認時間のブロックチェーンと比べると非常に遅いです。(Bitcoinの10分よりは大分早いですが)ここら辺も考えると、Liquidはやはり万能なトークンプラットフォームでは全然なく、ユースケース次第、という気がします。
まとめ
というわけで、今回はLiquidのトークンプラットフォームとしての側面についてフォーカスしましたが、Liquidは当初想定されていたような取引所ユーザーのみに利用されるだけでなく、より広範な領域でオープンに利用可能という部分は重要ポイントとして抑えてほいた方がいいと思います。
今まではとりあえずトークンを発行しようと思ったら特に何も考えずにEthereumで、ということが多かったと思いますが、スケーラビリティーの課題などにぶつかったEthereumから、LiquidやEOSなどの別チェーンでのトークン利用の移行、というトレンドが少し見えてきています。
同時に、スピードやコストでのメリットだけならすでにWavesやStellarなどのトークンプラットフォームが存在しているにも関わらず、それらの利用がEthereumと比較してかなり限定的であることも考えると、スマートコントラクトの柔軟性はやはり大きな強みで、何だかんだイーサリアムのトークンプラットフォームとしてのポジションを崩すのは難しかった、という展開も十分にあり得ます。
とりあえず、自分個人としては完全トラストレスではないが、よりプライベートな送金がビットコイン及び、トークンでも使えるというのには非常に興味があり、今までとは少し違うサービスの考案、ビジネスを構築できる機会はあるのではないかと感じました。この数か月以内に取引所内での実利用が始まったり、対応ウォレットが出てきたり色々動きが出てくるので、他の人もある程度注目しておいて損はないでしょう。
Liquidに関するより細かい解説や考察などは、また追って機会があればやっていこうと思います。
ではでは。